Quarter of a century
vol.08 | 2025 | January

王道は隙間にある
理とは別の大切なことを映して

日本のみならず世界各地にファンを持つ、映画監習熊切和嘉さん。実はVEJ代表の池田とは、共に北海道で育ち、高校のクラスメイトという共通点がある。30年以上、真面目な話より、冗談を言い合ってきた2人だけれど、池田は熊切さんのことを「つくる人」として尊敬してきたそう。
熊切さんのものづくりの姿勢には、Niche&Richを言語化する軸が隠されているのでは?そんな予感を持って、あらためて話を聞きに行った。

映画監督・熊切和嘉 × VEJ代表・池田篤対談

映画にNiche&Richのヒントがありそう?
ものづくりの原点を知る

池田:そもそもVEJをつくるきっかけになったのは、渋谷駅の高架下で熊に相談したからなんだよ。「会社辞めたいと思うんだけど……」「いいんじゃない?」ってやりとりに背中を押されて、翌年辞めたからね。それから専門学校に行ったり、契約社員で働いたりした後に独立したタイミングで、熊も『空の穴(’01) 』ができたって言っていた。だから、来年プロデビュー25周年のはずだよ。

熊切:ヘー、そうなんだ。

池田:もう!興味なさそうだなあ。まあとにかく、プロデビューしてからも下北沢のVEJ最初のオフィスに何回も遊びに来てくれてたよね。熊が紹介してくれるから、俳優さんとも、少し交流があったり、映像の編集のお手伝いさせてもらったり。ちょうど、熊と同じ大阪芸大出身の社員がいて「自主制作映画つくろうぜ」って言って、自主制作映画を超低予算でつくったこともあった。熱かったよ、あの頃は。

熊切:金はなかったから、VEJでバイトさせてもらったこともあったね。

池田:実は、今回25周年を迎えるにあたって、自分たちのものづくりの姿勢を言語化しようと思っていろいろ考えて、Niche&Richという力ルチャーコードをつくったの。それで、身近でNiche&Richな仕事をしている人に話を聞こうと考えたときに、思い浮かんだのが熊なんだよね。まずは、あらためて聞きたいんだけど、そもそもの映画との出会いは?

熊切:たぶん、家族で映画館に観に行った『キングコング(’79) 』や『ET(‘B2) 』かな。はまったのは、小3くらいのときにテレビで観たジャッキー・チェンの映画から。兄貴も映画好きだったから、家に映画雑誌があったり、親も『エイリアン』をテレビでやってたら、「すごいのやるぞ」ってわざわざ起こしに来てたんだよ。ジャッキー・チェンの映画を観るとすごいアドレナリンが出て、空き地で友達なんかも呼んでごっこ遊びをしているうちに、だんだんストーリーも凝り出したんだよね。母ちゃんがもう着ない着物を持ち出して衣装にしたり、うちの倉庫で戦いをずっとやってたりした。たぶんそれが原点。小学校高学年になったら、結構1人で映画館に行ってた。最初に映画の真似事を撮ったのは、親戚のおじさんのビデオカメラで。中3くらいだったかな。その後にVHS-Cビデオカメラを実家で買って、映像を撮りため始めた。

池田:俺が高校で熊に出会った頃には、「もう2~3本も撮ってんだ」って言ってたよ。でも、その頃はまだ監督になりたいと思ってなかった?

熊切:たぶん、ちょっと大袈裟に言ってたね(笑)。監督になりたいとは、思ってなかった。ただの、映画好き。実をいえば、「監督になりたい」と思ったことはそんなになくて、ずっと編集がしたかった。アクションが好きで、カットの繋がりが好きだったの。当時は編集機材もないから、撮って巻き戻して、そのカットの最後で一時停止して、次から用意スタートって言って……その場で撮りながら編集するんだよね。音楽もハーモニカで現場で撮りながら適当に吹いてたし(笑)。

池田:めっちゃかっこいいじゃん。高校の友達が出演したり学校で上映したりもしていたよね。熊の作品といえば、目玉が飛び出すようなB級ホラーのイメージがある。子どもの頃からそういう映画が好きだったの?

熊切:結構怖がりだったんだけど中1のときに『死霊のはらわた(’81) 』を観たら、めちゃめちゃ怖いけど、めちゃめちゃ面白くて、そこからはまったね。

池田:ちなみに何がいいの?俺あんまり好きじゃないからさ。

熊切:タガが外れてく感じ。今見ると、笑いと紙一重なんだけど、人間のタガが外れていくのを見せられて、こんなに頭が爆発してもいいんだって、自分がすごい解放されていく感じがあった。

池田:映画を撮りたい欲は、編集好きの延長ででてきた気持ちなのかな。それで結果的には監督になった。

熊切:そうだね。バラバラに撮っていたものを、繋げてみると違う時間が流れる。それが面白くて仕方がなかった。最初遊びでやってて、だんだんそれが長くなっていったというか。全部繋いで頭から初めて見るときが、今でもやっばり一番面白いよ。

監督のまなざしが映画に現れる

池田:映画監督になれば、自分の好きなことができる。そんな感じだったのかな。自分が映画を観るときも、俳優やテーマというより、映画監督で選ぶんでしょう?

熊切:そうだね。日本映画でいえば、初期の北野武さんは、やっばりすごい。監督の癖や空気感もあるけど、要はまなざしとか視点なんだよね。偽善っぽかったり、綺麗ごとだなあと思うと興味がなくなっちゃう。

池田:なるほど。そう考えると、俺は『スターシップ・トゥルーパース』のポール・ヴァーホーヴェンが好きかな。何の映画が好きか聞かれたら必ず答えてる。

熊切:ああ、いいよね。大好きな監督だよ。

映すのは言葉にならないこと
日陰に、光を当てるのが映画

池田:熊の監督としての視点を考えると、たぶんわかりやすいヒーロー像を好まない感じ。なんだかダメなおじさんが出てきたりしてさ。

熊切:ダメなおじさんはね、子どものときに帯広のイトーヨーカドーのフードコートで見たことが原風景になってるんだ。昼間におじさんが1人で本気食いしてた光景が、未だにすごく残っていて。切ない、だけど切ないって思っちゃいけないんだろうとも感じた気持ちが強く残っている。例えば(シルベスター)スタローンの負け犬感を見ていて、いてもたってもいられない感じになるのも、通じるものがあるだろうね。

池田:いてもたってもいられないのは、かけよって助けてあげたいみたいな気持ち?

熊切:どうなんだろ…とにかく心を激しく動かされてしまう。前にwowowで『60 誤判裁判室』という舘ひろしさん主演のドラマを撮ってるんだけど、最初に思いついて撮りたいですって言ったのが、くたびれた舘さんがフードコートで1 人ごはんを食べるシーン。娘と会ったり、ほかにもフードコートが大事な役割を担っているドラマになった。

池田:その作品は観てなかったから、さっそく観なくちゃ。今の話を聞いても、やっばり勧善懲悪とか、ハッピーエンドとか、エンタメ映画に求められるメッセージなものとは一線を画している感じがする。

熊切:題材は常に更新されているけれど、好きなもののツボはあんまり変わってないかもね。今年日向坂46四期生と撮った映画『ゼンブ・オブ・トーキョー(’24) 』も、一見アイドル映画で意外に思われがちだけど、実はオタクとストーカーしか出てこない映画で。キラキラしてるように見せかけて、みんな失敗していく姿にすごく共感しながら撮れた。それに、一時期より、依頼されたものはやってみようと思うようになっているんだよね。ある程度、題材や俳優は決まっていたとしても、脚本を立てて、意見も言いながら自分なりの作風にもっていけると思えるようになったといえるかな。

池田:それは歳も重ねたし、経験も大きいのかな。枠は誰かが用意したものに乗っかるとしても、熊なりの表現がある。そこが、メッセージ性とか軸になるんだろうけれど、それをやっぱり知りたいんだよ。社会性とかはあんまり考えない?

熊切:メッセージ……言葉にできるなら、言葉で言えよって思う。時代性や社会性は、考えないことはないし、自然と入ってくるもの。そうだね、ただ、あんまりそれを……。

池田:前面に押し出したくない。そういう感じがnicheだなと思うんだよね。大衆におもねらない題材や伝え方をしているのかなって。

熊切:う一ん、光が当たらないところに、光を当てたい感じはある。消えそうなものを捕まえたい、残したいってのはある。……でもさ、俺、実は王道のつもりなんだけど(笑)。

池田:おー、出た出た!そもそもnicheではない。ええ話だね。

熊切:多分世界の映画好きからみたら、割と俺の映画は王道だと思うよ。めっちゃ王道だと思っているのは、そもそも光の当たらないところに光を当てるのが映画の真髄だから。映画が好きな人にとっては、それが映画なんじゃないかなあ。

池田:あーそうかあ。でも、それはおもしろい。そうだよね。映画づくりやものづくり自体は王道でも、光が当たっていない場所は隙間だし、そこに光を当てて初めて探しているものが見つかるのかもしれない。それぞれの王道を特別に感じられるように照らす。それがVEJが目指しているNiche&Richのひとつのかたちなのかもしれない。


25年前、
エレベーターもないような古びた雑居ビルの一室に彼らはいた。
似つかわしくない最新のMacを並べ、
床や天井を無数のケーブルが覆うその空間は、
アナログ人間の僕からすると、
まるで宇宙を標う海賊船のように見えた。

実際彼らは海賊だった。
時にはなぎ、時には大荒れの、
浮き沈みの激しいこの未知なる業界で、
果敢に四半世紀を挑んできた。
標えど、沈まず。

VEJ設立、25周年おめでとうございます。

熊切和嘉